見直し?令和6年度障害福祉サービス報酬改定の課題と今後のゆくえ
なぜ今、障害福祉サービスの「見直し」が議論されているのか?
障害のある方を支える大切な制度が、なぜ今、見直しを迫られているのでしょうか?
(東京都からは、この報酬見直しについて緊急提言が発表されています)
下記の厚労省の資料は、令和6年度に行われた障害福祉サービスの報酬改定後に明らかになった新たな課題と、それに対応するために検討されている「臨時応急的な見直し」について、初学者の方にも分かりやすく解説することを目的としています。制度の持続可能性を確保するために何が変わり、なぜ見直しが必要なのか、その背景にある課題と今後の方向性をまとめてみました。
◆厚生労働省 第51回「障害福祉サービス等報酬改定検討チーム」資料

1. 根本的な課題:急増する障害福祉サービスの費用
まず、障害福祉サービス制度全体が直面している最も大きな課題は、費用の急増です。制度が始まってから現在に至るまで、サービスの利用者は増え続け、それに伴い国や自治体が負担する費用も大幅に増加しています。
特に重要なのは、以下の2つの数値です。
• 予算額の増加 障害者自立支援法が施行された時から、関連する予算額は4倍以上に増加しました。国と地方の負担を合わせた給付費全体では4兆円を超える巨大な制度となっています。これは、より多くの人々がサービスを利用できるようになった証でもありますが、同時に財源への大きなプレッシャーとなっています。
• 令和6年度の急伸 特に令和6年度の報酬改定後、サービスの総費用額は前年度と比べて +12.1% という驚異的な伸びを示しました。これは近年の伸び率(年間5~6%程度)を大きく上回るもので、制度の運営に警鐘を鳴らす結果となりました。
この「+12.1%」という急激な伸びは、2つの要因に分解できます。
• 利用者一人あたりの費用:+6.0%の伸び
• 利用者数:+5.8%の伸び
注目すべきは、利用者一人あたりの費用の伸び率(+6.0%)が、過去4年間の平均伸び率(1.9%)の3倍以上となっている点です。利用者数の増加に加え、一人あたり費用の異常な急増が、今回の緊急見直しの直接的な引き金となっています。
【ポイント】
このような費用の急増は、将来にわたって安定的にサービスを提供し続けるための「制度の持続可能性」という大きな課題に直結しています。
この費用増加の背景には、制度の意図とは異なる利用実態など、いくつかの具体的な課題があります。次に、特に問題視されている2つのケースを見ていきましょう。
2. 具体的な課題①:「就労移行支援体制加算」の不適切な利用
まず、「就労移行支援体制加算」がどのような制度かを説明します。これは、「就労継続支援A型・B型」などのサービスを利用した方が一般企業へ就職し、長く働き続けることを支援した事業所を評価するための制度です。
しかし、この制度で本来の趣旨から外れた利用が問題視されています。
• 問題の核心 報道によると、一部の事業所において、同一の利用者がその事業所が関わる一般企業との間で入退職を繰り返し、そのたびに事業所が加算を取得するという事例が報告されています。これは、長期的な就労定着を促すという制度の目的から大きく逸脱しています。
この問題に対し、令和8年4月の施行を想定して、以下のような「見直しの方向性」が示されています。
• 上限設定 1つの事業所がこの加算を算定できる就職者の数に、原則として事業所の定員数までの上限を設けることで、過剰な加算取得を防ぎます。
• ルールの明確化 令和6年度の改定で「過去3年以内に加算の対象となった利用者は、原則として再度算定できない」というルールは既に導入されています。今回の見直しでは、そのルールをさらに厳格化し、他の事業所で加算の対象となった利用者についても、原則として算定できないことを明確化します。これにより、事業所を変えて加算を取得し続けるといった抜け道を塞ぐ狙いがあります。
このように、制度の趣旨を守るための見直しが進められる一方で、意図せぬ結果を招いてしまった制度変更もあります。それが次に解説する「就労継続支援B型」のケースです。

3. 具体的な課題②:「就労継続支援B型」の報酬算定で起きた想定外の変化
「就労継続支援B型」は、利用者が事業所で行う軽作業などに対して支払われる「工賃」が、事業所の基本報酬を決める重要な要素となっています。具体的には、平均工賃月額が高い事業所ほど、高い報酬を受け取れる仕組みです。
令和6年度の報酬改定で、この平均工賃月額の「計算方法」が変更されました。
| 変更点 | 変更内容 | 変更の意図 |
| 計算式の分母 | 「工賃支払対象者の総数」から「1日あたりの平均利用者数」へ変更 | これまでは、利用日数が少ない方も分母に一人として数えられていたため、平均工賃が実態より低く計算される課題がありました。そこで分母を「1日あたりの平均利用者数」に変更し、利用日数を考慮した、より実態に即した計算方法を目指しました。 ※年間工賃支払総額 ÷(年間延べ利用者数÷年間開所日数)÷ 12月 |
この変更は、障害特性に配慮した良い意図のものでしたが、政府の「平均工賃月額の区分における分布に大きな変動はないものと想定」という見込みとは裏腹に、全国的に想定外の結果をもたらしました。
• 全国の平均工賃月額が、実態以上に約6,000円上昇しました。
• その結果、多くの事業所の報酬区分が、意図せず高い区分へ自動的に移行してしまいました。
• 【データの引用】:
実際に、令和5年4月から令和6年4月にかけて、「1万5千円未満」の報酬区分に属する事業所の割合が15.9ポイント減少し、その分「1万5千円以上」の事業所の割合が15.8ポイント増加しました。これは、政策の前提が覆り、計算方法の変更が極めて大きな影響を与えたことを示しています。
この想定外の状況に対し、令和8年6月の施行を想定して、以下のような「見直しの方向性」が検討されています。 計算方法の変更によって上昇した平均工賃月額(約6,000円)を考慮し、報酬区分の基準額そのものを引き上げることで、報酬体系を実態に合わせて適正化する方針です。ただし、この見直しによって事業所の経営に大きな影響が出すぎないような配慮も行われる予定です。
これら2つの具体的な課題に加え、政府はより広い視点から制度の持続可能性を確保するための方策も検討しています。
4. 制度全体の見直し:持続可能性を確保するための臨時応急的な方策
現在、一部の障害福祉サービスでは、「一定の収支差率(利益率)を確保しつつ、事業所数や利用者数の伸びが継続している状況」が見られます。
自治体へのアンケート調査では、「事業者側はニーズ調査をせずにどんどん参入してきており、先行して開設した後に利用者を募るという状況がみられる」といった声も寄せられており、事業所の急増が必ずしも地域のニーズを反映したものではない可能性が指摘されています。
この課題に対応するため、令和8年6月の施行を想定して「臨時応急的な見直し」として、以下の具体策が検討されています。対象となるサービスは、以下の厳密な基準で選定されています。 基準:収支差率が5%以上あり、かつ、事業所数の伸び率が過去3年間連続で5%以上のサービス
• 対象サービス 上記の基準に基づき、収支差率が高く、事業所が急増している以下のサービスが対象です。
◦ 就労継続支援B型
◦ 共同生活援助(介護サービス包括型・日中サービス支援型)
◦ 児童発達支援
◦ 放課後等デイサービス
• 対象事業者 この措置は、新規に参入する事業所に限定されます。
• 措置内容 新規事業所に限り、事業を始める際の基本報酬を一定程度引き下げるというものです。
【ポイント】
この見直しは、あくまで制度全体のバランスを取るための「臨時応急的」なものです。そのため、すでに運営されている既存の事業所や、現在サービスを利用している人たちには影響がないように設計されています。
最後に、今回の解説の要点をまとめます。
5. まとめ:これからの障害福祉サービスのために
今回の解説の最も重要なポイントは、以下の3点です。
1. 費用の急増 障害福祉サービスの費用は急増しており、特に令和6年度改定後の伸びは著しく、制度の持続可能性が課題となっています。
2. 制度の歪みへの対応 一部の加算(就労移行支援体制加算)で趣旨と異なる利用が見られ、また、就労継続支援B型では計算方法の変更が意図せぬ報酬増につながったため、それぞれルールを適正化する見直しが行われます。
3. 持続可能性の確保 事業所が急増している一部のサービスでは、明確な基準に基づき、新規参入事業者に限定して報酬を引き下げることで、制度全体のバランスを保つ臨時的な措置が検討されています。
これらの見直しは、障害福祉サービスという重要な社会インフラを、将来にわたって誰もが必要な時に安心して利用できるよう、安定的に提供していくために不可欠な議論なのです。

